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【関西の議論】生駒ケーブル開業100年秘話、廃線の危機救った山上遊園地の「飛行塔」

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通勤・通学の足として

 宝山寺駅のホームに設けられた「運転台」。手元にはいくつもの計器類が並び、正面の窓からは今まさに発車しようとするケーブルカーが見える。7畳ほどの広さしかない作業部屋が、生駒ケーブルの心臓部だ。

 かつては手動で運転していたが、昭和60年に完全自動化されて以降は様変わり。宝山寺と山上の両駅にある運転台で、3つのボタンとブレーキレバーを操作するだけだ。

 56年からケーブルカーの運行に携わっている近鉄信貴生駒鋼索線区の小西幸治係員(61)は「手動運転だった当時、走っているときは一瞬も気が抜けなかった。最初は運転が恐ろしくて夢にまで見た」と振り返る。

 生駒ケーブルは1本の鋼鉄製ロープで車両2台をつなげ、運転台の真下にある巻き上げ機で急斜面を走らせる仕組み。手動運転では上りと下りの乗客数に応じ、停車時にブレーキをかけるタイミングを見極める必要があり、熟練の技術を要したという。

 運転の自動化は、運転士の負担軽減と一層の安全性をもたらした。導入から33年になるが、車両トラブルなどによる事故は一度も発生していない。「先人たちの築き上げた歴史を受け継いで、これからも安心安全な運行を続けたい」と同鋼索線区の黒川さんは言う。

 現在運行中の車両は計6両。このうち平成12年に導入された4台は、愛らしいデザインが目を引く。鳥居前-宝山寺間を走る「ミケ」と「ブル」はそれぞれ三毛猫とブルドックがモチーフ。宝山寺-山上間を運行する「ドレミ」と「スイート」はパステルカラーを基調とした外観だ。

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