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【関西の力】タニマチ気質(1)白鵬育んだ「大阪の父」 やせっぽちで声かからずモンゴル帰国前夜に運命開く

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 スポーツや芸能の世界でなじみ深い「タニマチ」という言葉はもとは相撲用語だ。語源は諸説あるが、明治時代に大阪の谷町筋に住んでいた好角家の医師が、力士をただで診察したという逸話が有力とされている。多大な見返りを求めず、夢を追うアスリートを物心両面で支える企業経営者ら。「タニマチ」の精神は今も関西に息づいている。

名古屋場所、すくい投げで琴奨菊を下した白鵬=平成30年7月
名古屋場所、すくい投げで琴奨菊を下した白鵬=平成30年7月

礼節謙譲の精神を取り入れるべく相撲部創部

 大阪府大東市に本社を置く摂津倉庫。アマチュア相撲の強豪として名高い同社に、モンゴルの首都ウランバートルを旅立った7人の若者がやってきたのは、平成12年10月25日のことだった。ひときわ痩身(そうしん)の少年はメンバー最年少の15歳。名をムンフバト・ダバジャルガルといった。のちの横綱、白鵬翔(31)である。

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 一行を迎え入れたのは、創業者の故浅野毅(つよし)社長(肩書は当時)。礼節謙譲の精神を経営に取り入れようと昭和59年に相撲部を創部。平成2年に新築した本社ビルの1階に道場を設けた。春場所中は湊部屋や旧朝日山部屋に6階のワンフロアを宿舎として提供、高校や大学の合宿も無償で受け入れた。元横綱朝青龍や大関琴奨菊(当時)、高校時代に同社の土俵で汗を流している。

やせっぽちの15歳に入門の声かからず

 モンゴル出身力士の先駆者、元小結旭鷲山と以前から縁があり、浅野社長は角界を目指す異国出身の青年を預かるようになった。2期生に当たる白鵬は「ただ日本に行ってみたいという軽い気持ちだった。2カ月したら戻ります、という約束でね」と振り返る。

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