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【虎番疾風録(17)】吉田か村山か、OB監督復活へ

 一方の村山は関西大学1年生のときからエースとして、プロ野球のスカウト陣が注目する投手だった。2年生で各球団が誘いに来たが、3年生になって肝炎を患うとほとんどの球団が手を引いた。そんな中で阪神だけが、村山の身体を気遣ったという。4年生になって復調すると、再び獲得合戦が巻き起こった。中でも巨人は契約金2千万円(噂では阪神の5倍)という超破格の条件を提示した。だが、村山は阪神を選んだ。

 後年、監督になった村山に当時のことを尋ねたことがある。「病気になったとき、えろう世話になってのう。阪神しかないと心に決めとったんや。お金の問題やない。人間は受けた恩は返さなアカンのや」と笑っていた。

 34年阪神入団。村山は1年目から活躍した。18勝10敗、防御率1・19で最優秀防御率のタイトルを獲得。新人ながらその年の「沢村賞」にも選ばれた。

 吉田と村山-30年代のタイガースを支えたスーパースターである。(敬称略)

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