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【虎のソナタ】藤浪投手はどうしてるんだろう…盛り上がる高校野球、テレビ中継で田淵氏ポツリ

七回、ラッキー7の攻撃前に盛り上がる阪神ファン
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 横浜市金沢区にある横浜高をひょいとのぞいてみたくなった。1999年の春のことだった。

 その1年前の98年夏の高校野球、甲子園での決勝戦で横浜の松坂大輔は京都成章戦でニコニコしながらノーヒットノーラン。まさに平成の怪物だった。

 その松坂という投手がどんなところで“育くまれたのか”という興味。それに阪神の永久欠番「11」村山実が悲壮感を漂わせて必死に投げた甲子園のマウンドで、18歳の子供みたいな童顔の松坂がその夏の決勝でいとも簡単にノーヒットノーラン…実はその日その時(98年8月22日)に時を同じくして村山実は静かに天国に旅立ったので…なんとなく。

 なぜかタイガースに縁(えにし)のある若者のルーツを見ておきたかった。知りたくなると…筆者は若いときからいても立ってもいられなくなる。それで…横浜高の裏手にある小山を登って野球部のグラウンドまで歩いた。

 おや…これだけの旋風を巻き起こした“松坂の庭”は緑に囲まれていた。と、その前になんと『野口英世博士の旧研究室』という遺跡まであった。へぇ、野口博士は研究に疲れたら窓からひょいッと松坂大輔の練習を見ていた(そんなハズはないけど…)のかなぁ…なんとなく世界的な学者と怪物の接点みたいなものが感じられて…ひとりで悦に入っていた。その頃、横浜は渡辺元智監督で少し練習を見学させてもらったっけ…。

 何をウダウダ言うのか…とお叱りをうけるかもしれないが、要するにこの98年のきょう8月20日、甲子園は第80回大会の準々決勝戦で横浜は当時は絶対的な存在だったPL学園に対して胸を借りるという立ち位置だった。

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