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【ボストンから一言(18)】生き別れ日米夫婦の家族が運命の再会

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朝鮮戦争休戦65年を記念した式典で敬礼する出席者ら=ソウル(共同)
朝鮮戦争休戦65年を記念した式典で敬礼する出席者ら=ソウル(共同)

 もう二十数年前の出来事だが、日本人の海外留学を支援する東京の留学センター「エディクム」の知り合いから、米ボストンに住む私に人探しを助けてほしいという電話があった。

 エディクム職員「A子ちゃんを覚えているでしょ。彼女のお母さんがね、幼い頃に別れた米国人の父親を捜してほしいそうなの」

 私「その人はどこの州に住んでいるの?」

 エディクム職員「それが、米国のどこかも分からないのよ」

 私「米国は、日本の25倍もの国土があるのよ。広い砂浜の中からダイヤモンド1粒を探すより難しいことよ」

 エディクム職員「あなただったらできるわよ」

 長い付き合いの職員は、難題にも関わらず、明るく笑っていた。A子ちゃんは、私が米国での高校留学を支援した生徒さんの1人だった。東京からの電話を受け、早速、A子ちゃんの母親と連絡をとった。

 母親「私の母(A子ちゃんの祖母)は米国兵の父親と朝鮮戦争が勃発した1950年に結婚しました。しかし、父は私が物心つかない年に帰還命令が出て米国に帰りました」

 私「どうして一緒に行かなかったのですか」

 母親「当時、(米国人男性の)日本人妻の渡米に対する規制が厳しく、残った母は予防接種や身体検査などを受けながら米国への出発の用意をしていました」

 「一日も早い再会を待ちわび渡米を促す父からの手紙を受け取りながら、年老いた身内1人を日本に残す心苦しさのはざまで母は揺れ動いていたそうです。そして父から届いた最後の手紙に書かれていた言葉は“離婚”だったと…」

 それから半世紀。音沙汰が全くない状況で、生死すらも分からない。米ボストンにいる私が得た情報は、ハミルトンという父親の名前と50年近く前の封筒に書かれていた住所のみだった。

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