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【関西の議論】生誕1350年、カリスマ僧侶・行基 民衆の信頼を集めた「行動する宗教者」

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 それでも行基が率いる集団は各地で寺院を建立し、国はやがて活動を公認化。民衆の信望を得ながら土木事業を進める行基に対し、国は方針を180度転換する。聖武天皇は天平15(743)年、大仏造立の詔(みことのり)を発布すると、76歳になっていた行基を(教えを説き寄付を募る)勧進(かんじん)役に抜擢(ばってき)したのである。

 〈一枝の草、一握りの土でもささげて造仏を助けようと願う者があれば、欲するままに許そう〉

 聖武天皇は大仏造立に際し、こう呼びかけたが、その姿勢は知識集団を形成した行基の手法と似通っていた。行基自身も数日後、勧進を始めたというが、弟子の真成が師の死後に記した『大僧正舎利瓶記(だいそうじょうしゃりへいき)』では、どういうわけか行基の大仏造立への貢献に触れていない。

 吉田氏はこれについて「大仏造立には反対派も賛成派もいたが、真成はそれが国民の負担になると思い、評価しなかったのだろう。行基は多くの弟子の将来を考え、勧進を進めたのではないか」と考える。

 実際に行基の死後、天皇の希望に添う行動だったと評価され、弟子たちは「十禅師」(宮中に仕えた10人の僧)と呼ばれる名誉ある地位に就いたという。

「最後に悟る人」

 貧苦にあえぐ民衆、そして大仏造立にも尽くした行基が生誕し、今年で1350年。これを記念し、5月に平城宮跡歴史公園(奈良市)で開かれた行基に関するシンポジウムでは、専門家が宗教や技術的な見地から行基の多様な姿を浮き彫りにした。

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