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【関西の議論】生誕1350年、カリスマ僧侶・行基 民衆の信頼を集めた「行動する宗教者」

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 大阪教育大名誉教授で堺行基の会会長でもある吉田靖雄氏は、「若い頃に飛鳥寺に入ってどう生きるべきか考え、中国の坊さんの伝記を探した。そんな中、三階(さんがい)宗の教えがヒントになったのでは」と指摘する。

 三階宗は民衆の中に入って、身なり、住居を構わずに仏教を説き聞かせることを志す。行基は他の多くの僧と同様に山林修行に励んだが、この行は自らが悟ることを目的にする性格を帯びているため、三階宗の教えに惹かれていったと推測する。

 しかし、僧は当時、寺院に住むことが義務づけられており、民間布教活動などは法令で制限されていた。

 「当時の坊さんは官寺で修行し、役職に就いた。天皇の病気が回復するよう経を唱える役など出世の段階がいくつもあり、そうしたルートに乗ろうと寺で勉強した。民間布教に出るのはそれから外れることを意味したので、行基さんは迷ったはずだ」と吉田氏はいう。当時、僧の世界も家族単位ではなく一族で動き、余得にあずかろうともくろむ人たちが多数いたことが背景にある。

 行基は49歳の頃、ようやく一大決心をする。

 「坊さんとしての出世を諦め、他人のために生きることが自分のためになるという現代のボランティア活動にも通じる考え方で進もうと決めた。それからは真一文字に民衆のために突き進んだ」(吉田氏)

大仏造立に貢献

 行基は民間布教に努めていた頃、〈みだりに罪福を説き、(中略)農民を妖惑している〉などとして、天皇から活動を糾弾される。

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