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【関西の議論】生誕1350年、カリスマ僧侶・行基 民衆の信頼を集めた「行動する宗教者」

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千人集めたカリスマ

 行基は天智7(668)年、現在の堺市で誕生。法興寺(飛鳥寺、明日香村)で学び、山林で修行に励んだとされる。その後、民間布教を繰り広げ、畿内各地に数多くの寺院や池、橋を整備。飢えた役民らを宿泊させ、食事を与える「布施屋(ふせや)」も設けた。こうした土木事業は言うまでもなく、集団の力がなければ実現できなかった。「続日本紀」にはこんな記述がある。

〈和尚の評判が伝わっている処の人々は、すべてやって来て仕事に協力したので、日ならずして完成した〉

 行基が晩年を過ごした喜光寺(奈良市、菅原寺)の山田法胤(ほういん)住職(薬師寺長老)は、「行基さんは(修験道開祖とされる)役行者(えんのぎょうじゃ)のように山林で修行し、呪術(じゅじゅつ)師を思わせる神秘的なカリスマ性があったのだろう。地質的な事情に通じていた気配もある」と推測。そんな行基に多くの人が惹(ひ)かれたとみられ、山田住職は「みんなに呼びかけ、一つのものを一緒に作り上げようという意識があったのではないか」と考える。

 事業に従事した行基の知識集団は、弟子や信者、技術者ら千人程度にも上ったといい、政府も無視できないほど大きな力を持っていたとみられる。

迷いの果てに

 それにしても行基はなぜ、寺院内で勤めるのではなく、これほどまでに社会の中に深く入り、民衆救済の活動を展開したのか。

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