「北朝鮮がなくなることが世界平和に」脱北女性・金兌姫氏が講演
到着したその日の朝食はもらえず、昼食は大根の葉にそうめんの切れ端が少し浮いた汁。底には指でこすれるほど砂がたまっていました。スプーンは柄のない丸い部分だけのものを渡されます。多くの人がスプーンを曲げて自殺を図ったためです。夕食は、皮がついたままのトウモロコシで、下は焦げ、上は生煮え。中国で4年間、農業をしていましたが、そこで育てていたブタやニワトリの餌にもならないような食事でした。
水も満足に与えられなかったので、のどが渇いた時は用を足し、便器を拭くふりをしながら横にあるタンクの水を飲んだりしていました。タンクはろくに洗われないので、とくに暑い時期は、大腸炎にかかる人が増えました。
排泄の自由もなく、だめだといわれたら、たとえ漏らしてもその場から動くことはできず、命令に背くと熱湯をかけられたり、棒でたたかれたり…。性的暴行はもちろん、みんなの前で胸を触られたり、「隠したお金を探す」と言って子宮までのぞき見られたり、ということは日常茶飯事でした。
北に対する日本の厳しい姿勢は重要
保衛部や集結所(収容施設)などへ連れて行かれましたが、どことして人間的に扱われた所はありませんでした。
集結所での生活を終え、かつて住んでいた所へ戻りましたが、「どうせ死ぬなら息子のいる中国で死にたい」と思い、解放されてから3日後に、また豆満江を渡り、そして捕まり、同じ苦痛を味わいました。3度目の強制送還時には、捕まった時点で実刑判決が下されていました。幸運にも連行途中で脱出でき、2017年に大韓民国の国民となることができたんです。