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ガダルカナル島(下)「ガ島にすべての敗因が詰まっている」作家・亀井氏、山口出身の参謀ら取材

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 井本氏はガ島戦の終盤、撤退命令を携えて、島にも渡った。戦後は陸上自衛隊で要職を務めた。退官後、自ら記録を執筆した。ガ島戦に関係する書物には、必ずといって良いほど名前が挙がる。

 「井本さんは、自分の悪かった面も含め、全て語ってくれた。信用できる人だった。他の軍人、特に士官以上の話は、割り引いて聞く必要があった」

 陸軍中枢の見方や、撤退にいたる経緯など、取材を繰り返した。手紙を出せば、便箋に何十枚と返事をくれた。

 取材対象は立場も見方も異なる人々だったが、共通する一言があった。「あの戦争は、仕方がなかった」

 亀井氏は言う。

 「8月になると新聞やテレビで『戦争は二度とするものじゃない』って記事が出る。でも、戦場経験者はそうは言わない。もちろん戦争を肯定するわけではない。ただ、誰もあの戦争の流れを止めることはできなかった。だから、『仕方なかった』と言う。私もそう思います」

ぶっつけ本番

 取材を重ねるうち、ガ島に、戦争の敗因が詰まっていると痛感した。

 「陸海軍がけんかしていた、と言われますが、実はそうじゃない。けんかするほど一緒にやっていればまだ良かった。けんかもしないほど、別々の方向を向いていたんです」

 例えば井本氏は「陸軍は米国を知らなかった。海軍が戦ってくれると思っていたから。ガ島の緒戦でも、米兵はワンワン泣いて逃げ帰る連中だと思っていた」と語った。

 戦前、陸軍はソ連、海軍は米国を仮想敵国として、役割分担をしていた。陸海軍の協同作戦など、研究すらされていなかった。

 亀井氏は「ガ島ではぶっつけ本番で、陸海の協調作戦を強いられた」とみる。

 その結果、補給もままならない戦場に、大勢の兵士を置き去りにする状況となった。昭和17年10月の総攻撃が失敗すると、大本営でも撤退案が浮上した。だが、誰も公式には言い出さなかった。

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