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【関西の議論】あと5年で1世紀「大阪ガスクッキングスクール」が支持される秘密は

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【関西の議論】
あと5年で1世紀「大阪ガスクッキングスクール」が支持される秘密は

大阪ガスビル1階にある「クッキングスクール淀屋橋校」で、料理を習うエプロン姿の女性たち=大阪市中央区 大阪ガスビル1階にある「クッキングスクール淀屋橋校」で、料理を習うエプロン姿の女性たち=大阪市中央区

 同社は大正2年にガス料金を引き下げ、「安全」「便利」「簡単」を掲げて宣伝したが、思うような効果は得られなかった。そこで、ガスを実体験してもらおうと開設されたのが、料理教室だった。

 当時のメニューは流行していた西洋料理が中心。同社が保管するレシピには、「コムポト・チキン」「ポタージュ・ボストン」「バター・プリン」などハイカラなカタカナ料理が並ぶ。

主菜や副菜から菓子へ

 昭和8年、御堂筋沿いに大阪ガスビルが完成すると、同ビル7階に会場が移され、「瓦斯(がす)料理講習室」と名称も変更された。

 約100人も収容できる広々とした会場は大理石の調理台をはじめ、ドイツ製のレンジや湯沸かし器など当時では最先端の調理器具を備え、ガス器具のショールーム的な役割も担っていた。誰でも気軽に参加できるように参加費を下げ、家庭料理をメニューに取り入れたところ、毎回満席になるほどの人気を集めた。

 戦争中は一時中断していたが、昭和28年に料理教室を再開。人気料理人を講師に招くなどして受講者が増えていった。「大きな転機は40年代の高度成長期だと思います。オーブンが家庭に普及していくと同時に、パンやお菓子の教室が増えてきました」と川瀬さんは説明する。

 50年代以降は講習内容が多様化していき、「親子クッキング」や結婚前に料理を学ぶ「ブライダルクッキング」が話題に。58年に強火バーナーを搭載したテーブルコンロ「チャオ」が販売されると、中華料理やスペイン料理といった強火を使った教室も開設された。

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