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【原爆の日】美しい地球は廃虚と化す-平和宣言に手記の一文が引用 和歌山の男性、今なお焼き付く惨状

自らの手記を持ちインタビューに答える藤本さん=6日午前、和歌山市(小笠原僚也撮影)
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 「核兵器が使われたなら、生あるもの全て死滅し、美しい地球は廃虚と化すでしょう」。6日の平和記念式典で松井一(かず)実(み)市長が読み上げた「平和宣言」に、和歌山市の藤本忠義さん(93)の手記の一文が引用された。

 手記は、広島市が被爆者の思いを伝えようと平成23年から募集。今回の平和宣言には、藤本さんら2人の手記の一文が採用された。

 爆心地から南東へ数キロ。広島湾を挟んだ広島県坂(さか)町(ちょう)で、藤本さんは軍用船の整備や修理に当たる部隊に徴兵されていた。和歌山市に生まれ育ち、父からは「生きて帰ってくるな。(国のために)奉公しろ」と言われていた。20歳だった。

 昭和20年8月6日午前8時15分。朝礼を終え、兵舎の庭を歩いていると、突然生暖かい閃(せん)光(こう)を浴び、耳をつんざくような爆音がとどろいた。空には不気味なキノコ雲が浮かんでいた。

 市内から船で負傷者が続々と搬送されてきた。部屋が足りず集会所を開放した。毛布も布団もなく、葦(あし)で編んだ俵を広げ、その上に寝かせた。

 「兵隊さん、助けて」「水をくれ、兵隊さん、水」。懇願する負傷者ら。必死に「頑張れ」と声をかけ続けたが、数日とたたず息を引き取った。近くの防空壕(ごう)に遺体を運び、「せめて水の一滴でも飲ませてあげたかった」と悔やんだ。

 約1週間後、市内に救援に行った。家屋は焼け崩れ、紫色に腫れ上がった遺体が横たわっていた。がれきの下で見つけた遺体は、持ち上げようと触れると皮がはがれ落ちてしまった。

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