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【石野伸子の読み直し浪花女】竹林の隠者・富士正晴(6)贋・久坂葉子伝 哀れ日本のヴァージニア・ウルフ…形に残した

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【石野伸子の読み直し浪花女】
竹林の隠者・富士正晴(6)贋・久坂葉子伝 哀れ日本のヴァージニア・ウルフ…形に残した

久坂葉子の死から4年後に出された「贋・久坂葉子伝」は富士の代表作となった 久坂葉子の死から4年後に出された「贋・久坂葉子伝」は富士の代表作となった

 芥川賞候補となった「ドミノのお告げ」は、没落過程にある名門家に生きる息苦しさを「落ちてゆく世界」としてまとめたが編集者により書き直しが繰り返され、富士の言葉を借りれば「愚かしいあくどい」作品になり、選考委員には「チャーチル会の女優の絵だ」(丹羽文雄評)と酷評され久坂の自尊心は大きく傷つく。

 作品は仲間にも素直に読んでもらえない。久坂は若く美しくそして複雑な女だ。名門である出自に疑問をもち、まだ焼跡のにおいが残る街中に飛び出し、酒を飲み、タバコをふかすかと思えば、身についた優美さでピアノを奏でる。戦場帰りも多い文学仲間の視線は険しくも妖しい。懸命に書いた「灰色の記憶」を「綴(つづ)り方教室だ」と酷評する男もいれば、明らかに言い寄る男もいる。富士正晴自身も、「贋・久坂葉子伝」の冒頭の夢に書かれたように、この若き同人に心乱される様子がみてとれる。

 「あいつは全く鼠とりにかかったいくらか艶っぽい若い牝鼠のように、忙しく飛び廻った」(『贋・久坂葉子伝』)

 そんな久坂を富士は一貫して高く評価した。その思いは死後ますます強くなっていく。

 「わたしは久坂葉子の短い生涯の中に、今の日本の若い女性の象徴を見出した。自分の生命を真に充実させたいと行動する若い勇敢な女性の一種の代表として、彼女は生き、作り、愛し、そして挫折して自殺したのだ」(『贋・久坂葉子伝』縁起)

 だからこそ早世を悔やんだ。ときにはヴァージニア・ウルフやスメドレーの名を揚げ、「体験や知性や気力の不足」によって志を中断せざるをえなかった人生を惜しんだ。

 茨木市立富士正晴記念館の中尾務さん(69)は、その思いの深さに「富士正晴」を見る。

 「物在人亡。物は残れど人は亡し、という言葉を富士さんは好んだ。久坂葉子の未熟さは十分に分かっておりながら、それを哀れとみてとり、形に残してやろうとする。その感性は、同人誌の無名性を大事にし、人をステップにしない誠実さを貫く人生に通じるのではないか」

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