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【名将の「夏」(下)】KKコンビを大人が引き裂いた PL元監督の痛恨

1984年夏の甲子園で、桑田真澄(左端)、清原和博(同2人目)らにベンチ前で声をかける中村順司(同3人目)。KKコンビは5季連続で甲子園に出場した
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 《PL学園(大阪)の桑田真澄、清原和博が初めて甲子園に出場したのは1983年の夏の大会。だが、当時監督だった中村順司(71)によると、その後、数々の金字塔を打ち立てていくKKコンビが全国区になったのは準決勝の池田(徳島)戦からだという》

 夏の甲子園にはいろいろ思い出深い試合がありますが、桑田、清原が初めて甲子園に出た年の池田戦もその一つです。

 そのときの池田は夏春夏の3連覇がかかった圧倒的な優勝候補でした。準々決勝を勝って学校に帰るバスの中で、準決勝の相手が池田と分かって生徒らは大騒ぎ。「(エースの)水野(雄(かつ)仁(ひと))がすごい」「打線がすごい」と、すごい、すごいの連発で、やる前から負けてるんです。それでミーティングで、速球だろうがスライダーだろうが全部引っ張れ、と指示を出しました。「もし負けても『池田は強かった』『水野は速かった』とは口にするな」とカツも入れました。

 これが効いたのか、相手にのまれることなく、二回に桑田が水野から本塁打を打って出はなをくじき、7-0の完勝。もしあのとき池田に負けていたら、KKというコンビはそんなに注目を浴びていなかったと思っています。

清原の涙に憤り

 《高校野球の主役が、池田からPLへ交代した瞬間だった。優勝候補の大本命を破ったPLはその勢いのまま優勝。KKコンビを擁するPLは甲子園に5季連続で出場し、優勝、準優勝各2度という偉業を成し遂げた》

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