PR

産経WEST 産経WEST

【名将の「夏」(上)】夏の甲子園の勝率9割 PL“常勝”のカギは「全員同じ練習」

3回目の優勝を果たした1987年の夏の甲子園で指揮を執る中村順司。「常勝PL」と呼ばれるにふさわしい強さを誇った
Messenger

 今年で100回を数える全国高等学校野球選手権大会。数々の名勝負を生み出してきた長い歴史の中で、勝率9割、通算27勝3敗という圧倒的な成績を残した名将がいる。1980年代に常勝を誇ったPL学園(大阪)で監督を務めた中村順司(71)だ。記念すべき大会を前に、大きな足跡を残した「夏の甲子園」について振り返ってもらった。  (聞き手 市坪和博)

選手時代は補欠

 私は終戦からまもない1946年に炭鉱の町、福岡県中間市で7人きょうだいの6番目として生まれました。その私が大阪の学校に入学したのも、夏の甲子園大会の影響がありました。 

 61年、中学3年の夏に浪商(大阪、現・大体大浪商)と法政二(神奈川)の準決勝をテレビで見て、“怪童”といわれた浪商の尾崎(行雄)さんの剛速球に「大阪にはすごい選手がいる」と憧れたんです。その後、同じ大阪のPLの誘いを受け、芝のグラウンドに感激して入学を決めました。

 選手時代、夏の大会に縁はありませんでした。唯一甲子園の土を踏んだのは2年の春の大会の1回戦、首里(沖縄)戦。代走と三塁守備だけで一度も打球が飛んでこず、ボール回しをしただけでした。スタンドで人文字を作ったこともあります。いわゆる補欠ですが、これがのちに指導者としての糧になったと思っています。

「ショートリリーフ」で監督就任

 《大学、社会人を経て先輩の誘いで76年12月にPLにコーチとして復帰した》

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ