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【維新150年 大阪の痕跡を歩く】坂本龍馬の海援隊が使った“大坂支店”「薩万」跡

土佐堀2丁目交差点北東角から見たあみだ池筋。「薩万」はコンビニ付近にあったとみられる=大阪市西区
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 大阪メトロ四つ橋線「肥後橋駅」を降り、土佐堀通りをあみだ池筋に向かって歩く。途中、常安橋(じょうあんばし)南詰に「長州藩屋敷跡」の大きな石碑が見える。さらに徒歩で5分ほど行くと、土佐堀2丁目交差点の北東あたりに三井倉庫大阪支店(大阪市西区土佐堀)がある。ここは、幕末、薩摩藩の蔵屋敷(上屋敷)が置かれていた。

 「この交差点から南へ約20メートル、北行き車線の右折レーンから西側のコンビニあたりにあったのが、幕末の商家『薩万(さつまん)』。海援隊の大坂詰め所です」

 大阪龍馬会の幹事、長谷(おさたに)吉治さん(54)が指で示してくれたが、あみだ池筋は車が多く行き交うだけで、当時の姿を想像できない。むろん顕彰碑もない。

 「薩摩屋万吉」。通称は「薩万」。坂本龍馬が結成した亀山社中=海援隊の“大坂支部”として、龍馬をめぐる維新の回顧録や小説にしばしば登場する。龍馬ら多くの同志が往来したが、その場所は長らく不明とされてきた。

 長谷さんは、当時の水帳(土地台帳、戸籍図)にある「薩摩藩浜屋敷」(上屋敷の南側)と、その西にある「薩州名代(みょうだい)、太原屋万右衛門(たはらやまんえもん)」という屋号に注目。

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