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大坂冬の陣「真田丸の戦い」徳川方の混乱生々しく、戦況伝える「報告書」発見

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大坂冬の陣「真田丸の戦い」徳川方の混乱生々しく、戦況伝える「報告書」発見

 大澤研一・大阪歴史博物館学芸課長の話「真田丸の戦いは、断片的な史料によって再現されてきたが、流れとして実態を把握できる重要史料が出てきた。これまでの通説を敗軍側の視点から裏付ける点でも意義深い」

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 【用語解説】大坂の陣

 徳川家康の江戸幕府が、豊臣秀吉の子・秀頼のいる大坂城を攻めた大坂冬の陣(1614年)と大坂夏の陣(15年)の総称。真田丸の戦いは14年12月4日にあり、同22日に講和が成立。直後に真田丸や大坂城の外郭「惣構(そうがまえ)」の堀が埋められた。夏の陣で前田勢は、豊臣方の司令官・大野治房(はるふさ)の軍勢を破るなど活躍。秀吉が築いた大坂城は焼失し、秀頼は母の淀殿とともに自害した。

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