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【関西の力】飛鳥時代創業・金剛組(3)「つぶすのは大阪の恥や」倒産の危機、なにわ節の支援で再生

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【関西の力】
飛鳥時代創業・金剛組(3)「つぶすのは大阪の恥や」倒産の危機、なにわ節の支援で再生

金剛組の経営再建について語る当時高松建設副社長だった金剛組の小川完二会長=大阪市淀川区の高松建設大阪本店(南雲都撮影) 金剛組の経営再建について語る当時高松建設副社長だった金剛組の小川完二会長=大阪市淀川区の高松建設大阪本店(南雲都撮影)

 「どうか、金剛組を救ってください」。平成17年。材木の仕入れ先で頭を下げ続ける金剛組、植松襄一(じょういち)常務(当時)の姿があった。支払いの猶予や減額を求めて取引先を駆け回る日が続いていた。

「身の丈を超えてはいけない」…教えに背く

 金剛組は、すべての資産を売り払ってもなお数十億円の借金が残る債務超過状態にあった。「身の丈を超えてはいけない」という代々受け継がれてきた教えに背いたことが一因だ。

 地価と建設需要が急上昇したバブル期、金剛組はマンションやオフィスビルなどの建設に手を広げる。バブル崩壊後も売り上げを維持するため、赤字になる額でも工事を受注。経営は悪化の一途をたどり、民事再生手続きの申請を準備するまでに追い込まれた。

本業に回帰 社寺建築以外の受注を禁止

 1400年余りの歴史が途絶えようとしていたとき、支援の手を差し伸べたのが金剛組とはまったく接点のなかった高松建設だった。高松孝育(たかやす)会長(当時)に迷いはなかったという。

 「伝統は一度壊れたら二度と戻せない。金剛組をつぶすのは、大阪の同業者として恥や」

 高松建設はすぐに再建資金を手当てし、金剛組を傘下に入れた。そして18年1月、小川完二副社長を社長として送り込んだ。

 非同族の経営者が金剛組に入るのは初めて。植松氏は「歴史が壊されるかもしれない、という警戒心が社内にあった」と振り返る。しかも小川氏は富士銀行(現みずほ銀行)から高松建設に移った財務のプロで、建築は専門外だった。

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