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【石野伸子の読み直し浪花女】竹林の隠者・富士正晴(4)開高健と新妻・牧羊子なごやか同人誌 久坂葉子追悼・合併で紛糾

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 その発端となる出来事が、起ころうとしていた。冒頭の写真に流れていた正月のなごやかな空気は、1通の電報で一変する。

 「クサカシススグ オイデ コウ」

 クサカとは「VIKING」「VILLON」両誌の同人となっていた若き作家、久坂葉子のこと。久坂は本名を川崎澄子といい、川崎造船所創立者・川崎正蔵に連なる神戸の名門出身の令嬢だった。作家志望の早熟の少女。18歳のとき、神戸で教師をしていた島尾敏雄の紹介で「VIKING」に入会し、翌年19歳の若さで「ドミノのお告げ」が芥川賞候補になった。マスコミでも注目の存在だった。

 しかし一方で、自殺願望が強く、精神不安定な少女でもあった。富士は知人に監視を頼むなどずっと気に掛けていたが結局、昭和27年の大みそか、夜9時すぎに阪急六甲駅で電車に飛び込み、命を断ったのだった。

 まだ21歳という若さ。

 その痛ましさを、冨士は生涯抱え込み、慰撫しようと動いた。

 久坂は死の直前、百枚に及ぶ遺書のような作品「幾度目かの最期」を書き上げていた。富士は彼女の作品を世に出そうと動く。

 まず「VIKING」と「VILLON」の共同による久坂追悼号を企画。久坂は、富士を除くと両誌の同人に名を連ねる唯一の人物でもあったのだ。

 しかし、追悼号発行と同時に両誌の合併話を持ち出したことから、「VIKING」は大紛糾する。結局、遺作「幾度目かの最期」を収録した合併号は3月に完成したが、「VIKING」は神戸の研究者らが集団離脱、新雑誌「くろおぺす」を発刊する事態となった。

 一方で、富士は遺族から久坂の原稿を預けられ、単行本による遺稿集出版の話も手伝うことになった。華やかな経歴を持つ久坂の自殺はさまざまな方面から注目されていた。

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