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【歴史インサイド】京都を救った琵琶湖疏水建設 知られざるプロジェクトリーダー

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【歴史インサイド】
京都を救った琵琶湖疏水建設 知られざるプロジェクトリーダー

 ところが、思惑通りにはいかなかった。

 その話を聞きつけ、朔郎を北垣に売り込んだ人物がいた。「五稜郭の戦い」で薩長に徹底抗戦した榎本武揚(えのもと・たけあき)だ。戊辰戦争では敵・味方だったが、同い年で、戦後はともに北海道開拓使となり、気脈を通じる仲となっていた。

 榎本は朔郎の叔父、田邉太一と長崎海軍伝習所時代の同僚だった。北垣は榎本の紹介で工部大学校長に会い、朔郎を紹介される。

 それが「琵琶湖疏水に関する卒論を見て感激した北垣が朔郎を招聘して一任した」という定説になった。

琵琶湖疏水の沿線は春には桜、秋には紅葉が楽しめる観光名所でもある=京都市山科区 琵琶湖疏水の沿線は春には桜、秋には紅葉が楽しめる観光名所でもある=京都市山科区

画期的な水力発電所の建設

 北垣は朔郎を使って計画を立案し、政府にプレゼンテーション。滋賀や大阪に対する補償問題があるなど反対論もあったが、北垣は説き伏せ、明治18年に着工した。

 朔郎は初めての現場経験にもかかわらず、作業員をうまく指揮し工事を進めた。最初に掘られた第1トンネルの竪坑(たてこう)で事故があった際、議会から「更迭しろ」との声が上がったが、北垣は「田邉(朔郎)でよい」と一蹴したという。

 難関の第1トンネルの貫通後、アメリカで調査をしてきた朔郎が、当初の水車配置方式から水力発電所建設への設計変更を進言した際、英断を下したのも北垣だった。当時山の中にしかなかった水力発電所を町中に建設し、売電事業に成功。その後開通した日本初の路面電車「京都市電」の運行に大きく貢献した。

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