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【萌える日本史講座】数々の遺跡大発見「橿考研80年」 大事件並みの夜回り取材、記者を育てた個性派集団

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【萌える日本史講座】
数々の遺跡大発見「橿考研80年」 大事件並みの夜回り取材、記者を育てた個性派集団

三角縁神獣鏡が副葬された状態で出土した黒塚古墳を報じる平成10年1月10日付の朝刊1面 三角縁神獣鏡が副葬された状態で出土した黒塚古墳を報じる平成10年1月10日付の朝刊1面

 平成10年の黒塚古墳(3世紀末~4世紀、全長130メートルの前方後円墳)の発掘は「100年に1度の大発見」と騒がれた。卑弥呼が中国から譲り受けた鏡ともいわれる三角縁神獣鏡が国内最多の33枚も見つかったためだ。

 「卑弥呼に関係のある人の古墳かもしれない」。テレビや新聞などの報道機関は、近くの民宿や民家を借り切って「前線基地」として取材に当たった。記者たちは、発掘を担当する研究員や現場を視察した研究者から特ダネを取ろうと、帰宅する夜間を見計らって自宅を訪ねることもしばしばだった。

 大事件が発生すると、警察官宅を夜間に訪ねる「夜回り」取材があるが、報道各社にとってはまさに事件だった。

 「話してあげたいんやけど、箝口令(かんこうれい)が敷かれてるんや」。申し訳なさそうに話す研究者もいた。見つかった鏡には、文字が書かれている-。とっておきの情報を聞きつけ、早速調査担当者に確認に行くと、「誰がそんなこと言うたんや」と、いきなり一喝されたこともあった。

 発掘は9年末に大詰めを迎え、報道発表は翌年1月9日。調査担当者は警備の意味もあって正月返上で現場に泊まり込んだ。「自分たちで掘ったものは体を張って守る。そんな気概で頑張ってきた。これが橿考研だ」。当時、現場を指揮した河上邦彦・元副所長はこう語っていた。

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