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仁徳陵、明治時代に修復の可能性 「妙にきれいすぎる」宮内庁陵墓調査官が指摘 奈良・飛鳥史学文学講座

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仁徳陵、明治時代に修復の可能性 「妙にきれいすぎる」宮内庁陵墓調査官が指摘 奈良・飛鳥史学文学講座

仁徳天皇陵=堺市(本社ヘリから、昨年6月撮影) 仁徳天皇陵=堺市(本社ヘリから、昨年6月撮影)

 昭和50年に始まった「飛鳥史学文学講座」(関西大学飛鳥文化研究所など主催)の500回目となる講演会が10日、奈良県の明日香村中央公民館で開かれ、宮内庁陵墓課の徳田誠志陵墓調査官が「陵墓調査の30年-仁徳天皇陵はどこまでわかったか」をテーマに講演した。航空レーザー測量された仁徳天皇陵(堺市、大山=だいせん=古墳)の赤色立体図などを示しながら、前方部正面が明治時代に修復された可能性があることを指摘した。

 仁徳陵は国内最大の前方後円墳。大正15年の測量図や平成24年に実施された航空レーザー測量で、後円部など全体的に墳丘が崩れていることが判明。一方、前方部の正面(先端部)では、2段目のテラス部分がはっきりと見て取れるほか、石室と石棺が明治5年に見つかった経緯がある。

 仁徳陵の調査に携わった経験がある徳田氏は、こうした事実を踏まえ「前方部正面では地崩れの跡は観察できず、他と比較して妙にきれいすぎる」と言及。現在、石室の痕跡も確認できないが、修復に関係するとみられる階段状の石列が存在することを明らかにし、「明治時代に修復されたと考えざるを得ない」と結論づけた。

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