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【関西の議論】大阪の篤志家2億7千万円投じ郷土・三重の寺復興、7代前の先祖も用水築く

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 また、梁(はり)の上で荷重を支える蟇股(かえるまた)にはめ込まれた彫刻の裏には、京都五条の彫物師、九山新之烝(くやま・しんのじょう)が享保10(1725)年に調整したことを示す銘が墨書されていた。新之烝は、法隆寺(奈良県斑鳩町)や専修(せんじゅ)寺(三重県津市)の国宝社殿の彫刻を手掛けたことでも知られる職人だ。ほかにも、伊勢市の大工が格(ごう)天井を、鬼瓦を丹生の瓦職人が手がけたことなどが銘文から明らかにされた。

 三重県文化財保護課有形文化財班長の伊藤裕偉(ひろひと)氏は「これまでに知られていない造営にかかる状況が判明した。思っていた以上の人脈や情報のネットワークが明らかになり、水銀で栄えた丹生の底力を感じさせる」と話す。

 ■援助なければ修復は不可能だった!!

 「少なくとも県指定には十分匹敵する」

 解体中に仁王門を調べた建築史の専門家はこう語った。価値が認められ、県指定になっていれば、県の指導や補助を得て、より多くの部材を生かす再建の可能性も考えられたという。国指定(国宝、重要文化財)では補助の上限はなく50%を国が負担。都道府県の指定は自治体により異なるが、三重県は国と同様の負担をする制度をとっている。

 多気町の規定では、町指定文化財修復の補助金は上限が50万円。篤志家の援助がなければ、修復は事実上不可能だった。

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