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【夕焼けエッセー】父の匂い

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 姉が結婚して家を出ると、父は一人になった。母は四年前に亡くなり、兄はすでに結婚し、家庭を持っていた。私も他県の大学に進学していた。

 父はその寂しさを骨董品(こっとうひん)の収集で紛らわせていたのだろうか。私が帰省するたびに壺や掛け軸、茶碗(ちゃわん)が増えている。それとともに家の匂いがかび臭く、乾いた臭いに変化していった。

 父は満州からの引揚(ひきあげ)者で私は父が四十二歳の時の子供である。だから大学を卒業する頃、父は六十四歳だった。

 就職してからは盆、正月には必ず帰省した。盆は墓参りの後、二人で枝豆をつまみにビールを飲み、生きていたころの祖父さんのことや母の思い出を語り合った。父は酔うと必ず盆踊りの口説き歌を歌った。

 冬はこたつの上にガスコンロを置き、二人で鍋を作った。酒を酌み交わし、夜遅くまで仕事の愚痴を父にぶつけた。酔いが回ると、こたつに足を突っ込んで、毛布に包(くる)まって寝た。

 ある夜、ふと目を覚ますと、豆電球の明かりの下、いつもの匂いがする。その匂いが仕事で疲れた私の心を優しく穏やかにしてくれている。私はその匂いが好きになった。

 父が亡くなってから何年かして、その匂いを加齢臭というのだと知った。骨董品の匂いではなかったのだ。

 辞書には漢字で匂いと書くと良いにおい、臭いと書くと不快な臭みに使うとある。

 私は加齢臭が好きだ。父の匂いだ。時間があるときは図書館に行き、お年寄りのそばで父の匂いを探し、感じている。

 ある時、そんな話を妻にすると「あなたからもするわよ。加齢臭」と言われた。

渡邊政治 64 広島市安佐北区

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