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【東京五輪への道】阿部一二三、神港学園で磨いた「両手でつかむ」柔道 世界カデ敗戦で「高く入る技」目覚め

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 信川総監督が「それなら、相手を両手で持って投げなあかん」と伝えると、阿部は打ち込みなどの基本練習に真摯(しんし)に取り組むようになった。打ち込みは、相手を投げるまでの過程の動きを反復する地味なトレーニングだ。ときには道場に居残り、ひたすら繰り返した。それが、たぐいまれな技のきれを生み出す土台となった。

 阿部は中学時代も神港学園高の道場に通い、稽古を続けた。中学2、3年で全国大会を2連覇。脚光を浴びるようになり、高校の強豪校から声がかかった。しかし、「ここでこれだけ強くしてもらった。他でやるよりも成長できる」と神港学園高へ進学した。

神港学園高時代にグランドスラム東京大会を制した阿部(左)と信川厚総監督=2014年12月(信川総監督提供)
神港学園高時代にグランドスラム東京大会を制した阿部(左)と信川厚総監督=2014年12月(信川総監督提供)

 高校1年のときに2つ目の転機がくる。4月に18歳未満の王者を決める全日本カデで優勝し、8月に世界カデ(米国・マイアミ)に出場。しかし、決勝で高身長の外国人選手に敗れた。小柄な阿部は技に入る際、相手の懐にしゃがみこんで道着をつかみにいっていた。国内ではそれでも通用したが、「(重心が安定しない)高い姿勢からでも投げられないと、世界では勝てないと学んだ」と信川総監督。現在の阿部の得意技の一つである背負い投げも、そのときの反省が出発点だ。信川総監督は「本人が自分の練習の中で編み出していった」と述懐する。

 2年生になると、シニアでも活躍。講道館杯全日本体重別選手権で優勝するなど急成長した阿部を信川総監督は“特別扱い”し、さらなる飛躍を促した。重要な試合の前は道場の半分を阿部のために使い、納得いくまで練習させた。「あいつだけ出る試合が違うので、やりたいことをやらせてあげようと思った」と信川総監督。大会後は体のケアに専念できるよう、1週間稽古を休ませた。

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