PR

産経WEST 産経WEST

【プレーバック1964(1)】メダル誕生秘話 男子100mのボブ・ヘイズと柔道無差別ヘーシンク

Messenger

けさ固めの一本勝ち

 「歴史が大きく書き換えられた」-。1964年東京五輪の柔道。最終日に行われた無差別級の決勝トーナメントで、神永昭夫(あきお)がアントン・ヘーシンク(オランダ)に敗れた場面を、当時の新聞は、そう衝撃的に伝えた。

ヘーシンクの快挙を伝える1964年(昭和39年)10月24日(土)付のサンケイスポーツ紙面 
ヘーシンクの快挙を伝える1964年(昭和39年)10月24日(土)付のサンケイスポーツ紙面 

 61年の世界選手権でヘーシンクに敗れた後、日本柔道界は入念に対策を練ってきた。しかし、神永の攻めをかわしたヘーシンクは怪力を生かして引きずり倒し、けさ固めの一本勝ちで日本の希望を打ち砕いた。「予選では神永を積極的に攻めた。そうすれば、決勝では必ず攻めてくると思ったからだ。作戦が的中した」。世界王者のしたたかさが、日本の執念を上回った。

柔道の無差別級決勝で神永昭夫(左)の攻めをかわすヘーシンク
柔道の無差別級決勝で神永昭夫(左)の攻めをかわすヘーシンク

 ヘーシンクの最も有名な逸話は、試合終了と同時に、タタミの上に跳び上がろうとした同僚を「おりなさい」と制したことだろう。「礼に始まり礼に終わる」の精神を体現した行為として、今も語りつがれる。その後はプロレスラーに転向し、ジャイアント馬場とタッグを組むなどした。引退後は国際オリンピック委員会委員などを務めた。2010年に76歳で死去。

東京オリンピック柔道男子無差別級で優勝したアントン・ヘーシンク(中央)=1964年10月23日、東京都渋谷区の東京体育館
東京オリンピック柔道男子無差別級で優勝したアントン・ヘーシンク(中央)=1964年10月23日、東京都渋谷区の東京体育館

関連ニュース

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ