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【とん堀幻視行(10)】塗りつぶされた川辺の風情 櫓町(下)

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 だが小屋の劇場化とともに急速に減り、荷物の一時預かりなどに利用されるだけで、まもなく消えた。このシステムを、いまも受けついでいるのが相撲茶屋である。正式には「相撲案内所」と呼ばれるが、東京・国技館内には20軒の茶屋があり、チケットの手配や食事の世話などもする。

 閑話休題(それはさておき)。明治から昭和にかけての作家、上司小剣(かみつかさ・しょうけん)の『鱧(はも)の皮』(大正3年)は、浜側にあるウナギ屋「讃岐屋」が舞台だ。そのころの芝居小屋について、「赤い幟(のぼり)が出てそれに大入(おおいり)の人数が記されてあつた。其処(そこ)らには人々が真ツ黒に集まつて、花電燈の光を浴びつゝ、絵看板なぞを見てゐた」と書いている。

 向こう岸は宗右衛門(そえもん)町の茶屋街。座敷から眺めると、「灯がゆら??と動いて、それが、螢を踏み蹂躙(にじ)つた時のやうに、キラキラと河水に映つた」。風情があったのである。

 地下1階の部屋(「下屋(しもや)」と呼ばれた)は、べつの使われ方もした。なじみの上客や歌舞伎役者が、芸妓や娼妓を呼んで逢瀬(おうせ)をかさねる場所でもあった。川向こうの赤い灯が「ゆらゆらと動いて」いるなかでの“うっふ~ん”だから、これまた風情があった。

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