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【とん堀幻視行(10)】塗りつぶされた川辺の風情 櫓町(下)

たこ焼き店やラーメン店などが並ぶ道頓堀通り。観光客らでにぎわっている=大阪市中央区(須谷友郁撮影)
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 かに鍋・たこ焼き・寿司・お好み焼き・ラーメン・焼き肉など、道頓堀通りには、飲食店ばかりが「これでもか!」といった感じで犇(ひし)めいている。大阪らしいコテコテさと書きたいところだが、この「コテコテ」には、どこかワザとらしさがただよう。

 とりわけ浜側(道頓堀川沿い)は、「コテコテ」が過剰なような気がする。広辞苑によると、「コテコテ」は「嫌気がさすほど濃厚なさま」の意。牧村史陽(しよう)編の『大阪ことば事典』によれば、大阪では「ゴテ」ともいい、「わずらわしい」という意もある。

 浜側には、道頓堀五座がにぎわったころ、芝居茶屋(「前茶屋」とも)がずらりとならんでいた。芝居茶屋の歴史はふるく、芝居小屋ができると同時に、できはじめた。当時の小屋は青天井で、雨が降りだしたら芝居は取りやめとなり、客の避難先として、芝居茶屋があった。

 芝居の上演時間が長かったため、茶屋で朝食をとり、昼や夕方にも、茶屋にもどって食事をした。芝居案内のほか、入場券の予約・手配・席の確保などもおこなった。茶屋を通さなければ、観劇もできなくなった。

 芝居小屋のほうで食事をとる客もいたため、お茶子(ちゃこ)と呼ばれる娘さんが食事を届けた。史料『摂陽奇観(せつようきかん)』には「丸盆に茶のみ茶碗・湯桶を乗せて(芝居小屋まで)通ふ」と書かれている。風情があったのである。

 明治初期には、日本橋から戎(えびす)橋まで63軒の芝居茶屋があった。船場あたりのダンナ衆は舟で茶屋裏手の桟橋(さんばし)に横づけし、一服してから芝居見物にのぞんだ。

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