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【千田嘉博のお城探偵】CASE10 地震に学んだ伏見城 復興と備え 今に伝え

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 同様の工法は伏見城内でも見つかっており、木幡山伏見城と大名屋敷は当時考え得る最善の地震対策を重ねた。前田屋敷の発掘成果は、戦国の人びとがいかに地震から立ち上がり、つぎの地震に備えるくふうを凝らしたかを、私たちに伝えてくれている。

 現在、2016(平成28)年の熊本地震で大きな被害を受けた熊本城の復興が進んでいる。私も文化財修復部会委員として議論に加わっているが、特別史跡として史実にもとづいた復元はもちろん、石垣の耐震強度を高め、安全に見学できるくふうを重ねている。何百年もの後に、熊本城の復興はどう評価されるだろう。

(城郭考古学者)

     ◇

【用語解説】伏見城

 豊臣秀吉が1592(文禄元)年、指月丘に隠居所として築き始めた屋敷がはじまり。本格的な城郭に改築するが、慶長伏見地震で大きな被害を受け、近くの木幡山に改めて築城。1600(慶長5)年、関ケ原の戦いを前に東西両軍の攻防の舞台となり、主要な建物が焼失。その後、徳川家康が再建し、征夷大将軍の宣下を伏見城で受けた。1623(元和9)年に廃城。1964(昭和39)年、城跡の一角に想像による天守が建てられた。

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