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最新の国宝・松江城天守 日本の城を知り尽くした男が「6万6千分の5」の魅力を語る

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 層塔型は、三重塔や五重塔のようなもので、各重の屋根を四方に葺き下ろすパターン。望楼型よりもこちらのほうが新しい。

「II期」の現存天守は松江、彦根、姫路城のみ

 配置と建築構造以外に、「造営年代」に着目した分類をしたい。

 最古の天守の一つとされる安土城の天主(天守)が築かれた天正4(1576)年から関ケ原の合戦のあった慶長5年までを「I期」と考える。絶対的支配の象徴としての天守で、居住空間としても使われた。ただ、安土城や秀吉の築いた大坂城、岡山城など現存例がない。

 「II期」は、慶長5年から「一国一城令」が出された元和元(1615)年までの慶長の築造ラッシュに当たる時期。今では、「関ケ原の合戦以降、日本は平和になった」と思われがちだが、合戦以後の日本は徳川と豊臣の「最終戦争」がカウントダウンされ、恐らく戦国時代以来最大の軍事的緊張を生んだはずだ。

 加えて各大名は新たな領国での一揆なども警戒せねばならず、このためこの時期に造られた天守は、飾りではなく「戦う城」として軍事施設の性質を持っていた。この現存例は松江城と彦根城、姫路城しかない。

 そして、元和元年以降が「III期」。戦争がなくなってから造られた天守は、藩のシンボルとなる。

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