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最新の国宝・松江城天守 日本の城を知り尽くした男が「6万6千分の5」の魅力を語る

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最新の国宝・松江城天守 日本の城を知り尽くした男が「6万6千分の5」の魅力を語る

国宝松江城天守。手前にあるのが付櫓 国宝松江城天守。手前にあるのが付櫓

出雲入りから築城開始に7年かかった松江城

 興味深いのは、堀尾親子の出雲国入りから松江築城までの期間が、黒田や山内らと違いとても長かったこと。堀尾が出雲に来たのは慶長5年11月だが、松江城の築造開始は12年だから、7年間もかかっている。黒田や山内らは翌年や2年後には築城を始めているのだが、堀尾親子にはいったい何があったのか、考えさせられる。

 さらに興味深いのは、堀尾の築いた「支城」。論功行賞で新しい領国に入った大名は1つの城だけで支配するのではなく、支城をいくつも構えて領国支配を進める。これは、右も左も分からない土地へ移された新しい領主が、旧領主についていた土豪らの一揆などにも注意し、隣国にも備えねばならないためだ。

 堀尾は松江築城と同時かそれよりも早く、支城の三刀屋(みとや)城を造る。また、松江に移ったあとの富田城も支城として使い、瀬戸山城なども築いて“支城網の貫徹”を図った。

 黒田も「筑前六端城」と呼ばれる支城網を築くなどしているが、堀尾親子と松江城築造前後の状況は、まさに慶長の築城ラッシュぶりを如実に示しており、魅力の一つに挙げたい。

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