産経WEST

吉野・宮滝遺跡に宮殿群 風流に「滝」眺め宴会も

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新


吉野・宮滝遺跡に宮殿群 風流に「滝」眺め宴会も

吉野川のそばの段丘上にある宮滝遺跡。中央下部の土が取り除かれている場所が発掘現場=奈良県吉野町(同町提供) 吉野川のそばの段丘上にある宮滝遺跡。中央下部の土が取り除かれている場所が発掘現場=奈良県吉野町(同町提供)

 聖武朝(奈良時代前半)の正殿の存在が15日、明らかになった奈良県吉野町の宮滝遺跡。平城宮内(だい)裏(り)正殿に比べるとやや小さいが、周囲に石敷きを設けるなど格式高い施設と判明した。昭和5年からの発掘調査結果と合わせ、遺跡には正殿を中心に計6棟からなる宮殿群が存在した可能性も浮上している。

 吉野町教委と共同で調査を進めている橿原考古学研究所によると、宮殿群は今回見つかった正殿(東西23・7メートル、南北9・6メートル)を中心として、左右対称に配置。正殿の南側に2棟、北側には少なくとも3棟あったと推定されている。

 南側の1棟はすでに確認済みで、東西16・2メートル、南北5・4メートル。正殿と平行して建てられており、南側の残る1棟も同規模と考えられている。一方、北側の3棟のうち、正殿の真後ろに平行に並ぶ1棟は東西規模が約18メートルと推定される。

 建物の屋根は板葺きや茅葺きなどとみられ、吉野川の段丘上に川の流れに沿うように配置されていたらしい。

 橿考研の菅谷文則所長は「(都の)宮殿と同等の建物群があったと考えられる。石敷きなどを含めて一緒に設計されたのだろう」と推察し、宮殿群が計画的に整備された可能性を指摘している。

 また、遺跡の整備活用検討委員会の委員を務める関西大学の西本昌弘教授(古代史)は「万葉集に詠われているように、当時は滝が見えて雄大な景色が楽しめる場所と考えられ、天皇らが好んで訪れたのだろう。昭和5年の調査では奈良時代の土器が大量に出土しており、ここで宴会が行われたことは否定できない」と話している。

このニュースの写真

  • 吉野・宮滝遺跡に宮殿群 風流に「滝」眺め宴会も

関連ニュース

「産経WEST」のランキング