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【メガプレミアム】韓国才女「親日を責める国、ばかばかしい」「吉田証言のようなことがあったら朝鮮の男は黙ってみていない」

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 Hさんには「これほど日本を愛してくれる貴方に対して、日本の首相に一筆礼状を出すようにお願いしなければいけませんね」と冗談を言ったものだ。

 私が彼女にしてあげられなかった唯一の心残りは、彼女が日本統治時代に教えを受けた日本人教師の家族を探せなかったことだ。

 終戦で日本人教員が引き上げる前日、学校の講堂に集まった女生徒たちに、先生1人ひとりが別れのあいさつをしたという。

 最後に、彼女が最も尊敬をする男性教師は「立派な朝鮮女子たれ!」と大きく涙声で言ったそうだ。

 「果たして期待に沿える朝鮮女子になれたのかどうか分かりませんが、せめて先生のご家族に、あの時の立派な言葉を伝えたいものです」とHさんから聞いていたからだ。

 力を尽くしたが、ついに探すことはできなかった。

◆       ◆

ここからは私のがんの治療に関するお話です

 2011年7月5日に腔鏡腎尿管全摘除術を行うことになった。

 当日早朝、知り合いで元阪大の吉岡淳先生が病院に指定された5時半に間に合うよう私の車を運転して連れて行ってくれた。

 手術予定は3時間。手術終了まで付き添うと言い張る吉岡先生の優しさに感謝するも、強制的に帰ってもらった。

 午後、麻酔から目が覚めると広く清潔な個室のベッドに寝かされ、脇腹にはビニール管と袋がつり下げられていた。

 部屋には、シャワールームもあり、早速、持参した消毒紙でトイレシートを拭く。

 前に経験した激痛で懲りている私に、ケーンズ医師が「絶対に約束する」と言った通り、術後の痛みは全くなかった。同月15日にカテーテルが外されるまで病院で購入をした痛み止めを飲むことは1度もなかった。

 ただ、体内で機能していた臓器が1つ摘出されたというのに、この無感覚は何だろう。

 術後は食欲がなかった。摘出から2日目、形容しがたいほどまずい三度の食事。ほとんど残した。

 3日目となる7日午前、病室に入ってきた医師から「おめでとう」と退院許可が下りた。

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