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【JR脱線13年】アーチ形屋根、変わる現場…遺族・負傷者ら、あの日に思い巡らせ「安全最優先」願う

現場となったマンションの壁にふれる男性=25日午前、兵庫県尼崎市(彦野公太朗撮影)
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 脱線事故から13年となった25日、電車が激突したマンションの献花台には、遺族や負傷者らが花束や遺影などを手に訪れた。「あの笑顔を忘れない」。静かに手を合わせ、安全を願った。

 母親の道子さん=当時(40)=を失った中村海里さん(27)=大阪市中央区=は13年前の朝、笑顔で学校へ送り出してくれた母を思い浮かべながら手を合わせた。中村さんは当時、中学3年生で兵庫県川西市に在住。道子さんはその後、出勤のため電車に乗って帰らぬ人となった。

 「僕がもっと早く出発していれば、母はあの電車に乗らずにすんだかもしれない」。毎年4月25日が近づくと、後悔と悲しみが押し寄せてくる。13年たっても心の傷は癒えないが、「いつか悲しみを乗り越え、墓前で母に笑顔で報告したい」と前を向いた。

 2両目に乗車し、骨盤骨折で全治6カ月の重傷を負った会社員、増田勇人さん(32)=大阪府豊中市=は、事故後に閉所恐怖症となり、満員電車に乗ることができなくなった。今でも新幹線の揺れなどに恐怖心を感じてしまう。ただ、事故から13年たち、現場周辺もマンションにアーチ形の屋根が取り付けられるなど変化した。「変わることは良いことだと思う」と、前向きな気持ちが芽生え始めたといい、「(7歳の)長女にも事故のことを伝えていきたい。悲惨な事故が二度と起きないよう、JR西日本には安全面を徹底してほしい」と話した。

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