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【石野伸子の読み直し浪花女】梶井基次郎「檸檬の伝説」(5)宇野千代と厳粛な恋愛が生んだ傑作の数々 「僕が死ぬとき手を…」

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 梶井を語るとき「尊敬」という言葉も使った。文学に対する態度、美しいものを愛する繊細な心。千代は独特の感性で梶井の魅力を感得したか。

 梶井は体調が回復しないまま大阪の親元に戻る。2人はその後、多少の交流をもつが、千代は東郷青児との恋愛に突入する。東郷と知り合うきっかけは心中場面を書くため東郷を訪ねた結果だったが、その小説のタイトル「罌粟(ケシ)はなぜ紅い」をつけたのは梶井だったというのも切ない話だ。

 千代と東郷とのスキャンダルを遠く大阪の病床で聞きながら、梶井はまもなく逝った。「僕が死ぬときには大阪に来て手を握ってくれますか」と話したという梶井は、千代に何の連絡もしなかった。梶井の死を知ったのはずっと後だったと千代は書いている。

 「梶井は生来、ほれっぽいところがあった」と文芸評論家の鈴木貞美さん(70)はいう。しかしいつも一方的に恋心を寄せるだけ。その意味では「梶井の生涯におけるただ一度の厳粛な恋愛で、2人の間には確かな通い合いがあっただろう」とみる。

 梶井自身は千代について何も書き残していない。しかし、宇野千代と出会った湯ヶ島時代、美と不安が交錯する短編名作をいくつも書いている。

 「桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!」で始まる「桜の樹の下には」。梶井の最高傑作と評価の高い「冬の蠅」。

 谷間の温泉宿に療養にきた「私」は、日光浴をしながら同じ光の中にいる冬の蠅をじっとながめる。

 「何という生きんとする意志であろう!彼等は日光のなかで交尾することを忘れない。恐らく枯死からはそう遠くない彼等が!」

 その「中ぶらりんの意志」を見るのに耐え切れなくなった「私」は、無謀な外出をし山道をさまよう。

 「私の神経は暗い行手に向って張り切り、今や決然とした意志を感じる。なんというそれは気持のいいことだろう(中略)私は残酷な調子で自分を鞭打った。歩け。歩け。歩き殺してしまえ」(「冬の蠅」)

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