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【維新150年 大阪の痕跡を歩く】勝海舟と西郷隆盛の初会談は「大坂」

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 会談後、西郷は盟友の大久保利通に宛てた手紙で「実に驚くべき人物で、頭が下がる。どれだけの知略かわからないが、英雄肌の人だ」と称賛。対長州強硬路線を捨て、寛大な条件で処遇することで、長州の力を温存することになる。同時に西郷が「倒幕」を意識する直接の契機になったとされる。

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 この時期、勝の神戸海軍塾の塾頭だった坂本龍馬も、勝の勧めで西郷に会っている。その人物を問われ、「鐘にたとえると、小さく叩(たた)けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿(ばか)なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だろう」(氷川清話)と答え、それについて勝は「なかなかの鑑識」(同)とまな弟子の眼をほめている。

 神戸海軍操練所と海軍塾が幕府の不興を買って閉鎖になると、勝は龍馬ら塾生の保護を西郷に依頼。塾生らは大坂の薩摩藩屋敷で一時期庇護(ひご)され、やがて薩摩をスポンサーに亀山社中(後の海援隊)という海運会社、総合商社をつくることになる。

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