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【維新150年 大阪の痕跡を歩く】勝海舟と西郷隆盛の初会談は「大坂」

三井倉庫前に立つ薩摩藩蔵屋敷跡の碑=大阪市西区(志儀駒貴撮影)
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 京阪中之島駅からあみだ池筋に出る。工事中の堂島大橋を眺めながら大阪府立国際会議場を左に折れ、5分ほど歩いた。土佐堀川と土佐堀通に挟まれた広大な敷地に三井倉庫(大阪市西区土佐堀)がある。南東隅に「薩摩藩蔵屋敷跡」の碑が立っていた。江戸時代、大坂に置かれた3カ所の薩摩藩屋敷で最も大きく、大坂における藩の経済活動、外交の拠点となった「上屋敷」の跡である。

 そこから東にわずか約250メートル、常安橋(じょうあんばし)南詰付近にあったのが、長州藩の大坂藩屋敷。中之島辺りには135の蔵屋敷があったが、後に倒幕の双璧となる薩長が土佐堀通に両翼を広げるように屋敷を構えていたことは興味深い。

 幕府との対立から御所を攻めた禁門の変ののち、存亡の危機に立たされた長州と、その長州にとどめを刺すべく動いた薩摩。この両藩が結局は手を結び、倒幕へと向かった。なぜか。維新最大のドラマの原点が、この大坂にあったことは意外と知られていない。

× × ×

 元治元(1864)年9月11日、薩摩藩の西郷隆盛が土佐堀の上屋敷から使いを送り、幕臣、勝海舟に面会を求めた。場所は勝の大坂の寓居(ぐうきょ)先、専稱寺(せんしょうじ)=中央区淡路町。江戸無血開城を実現させたあの歴史的会談から遡(さかのぼ)ること約3年半、維新の英傑といわれた2人の最初の会談だった。

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