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【大阪の中のアジア】日中両国に役立つ記事を 「関西華文時報」編集長、叢中笑(ソウ・チュウショウ)さん

できあがった紙面をチェックする叢中笑さん=大阪市中央区
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 今年は日中平和友好条約締結40周年。今も摩擦が生じがちな両国だが、関西に特化した中国語新聞「関西華文時報」の編集長として、創刊から16年間、在日や訪日の中国人の声を客観的に報じ、“本音の”日中友好を目指してきた。

 1968年、中国・大連市生まれ。遼寧(りょうねい)大学文学部新聞学科を卒業後、大連市人民放送局でラジオの記者として勤務。日本人の妻・黒瀬道子さんとの出会いが運命を変えることになる。

 「大連で働く日本人」をテーマに、現地の日本語講師だった黒瀬さんを取材したのがきっかけで交際。98年8月、大連で結婚式を挙げたのを機に局を退社、日本で新婚生活を始めた。

 だが、当時は中国人の就職は厳しかった。中国語の堪能な黒瀬さんの翻訳、通訳業のほか、経歴を生かして中国語新聞に記事を書いたり、大阪市内の会席料理店で働いたりして生活していた。来日の翌年には黒瀬さんが妊娠し、互いのストレスはさらにたまった。

 日本と中国。違う国出身同士の国際結婚は育児や仕事、家庭への考え方がまるで異なり、気持ちがすれ違う日々が続いた。だが、この考えのずれが後に新聞を創刊するヒントとなった。

 「私たち夫婦のような意見の相違は、両国民の間では当然ある。そんな中でこぼれ話や苦悩を新聞で表現すれば、興味深く読んでくれるのではないかと考えました」と振り返る。

 日本国内の中国語新聞は多いが、東京発がほとんどだ。東京や中国本土の話題が中心だった。当時はインターネットも発展途上。関西の中国人学生は情報が少なく、どんな企業が中国人を欲しがるかも分からず、関西での就職情報を求めていた。

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