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【維新150年 大阪の痕跡を歩く】「龍馬」が歩いた阿倍野・住吉 土佐藩陣屋跡

龍馬が訪れた土佐藩住吉陣屋跡の碑=大阪市住吉区(須谷友郁撮影)
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 チンチン電車に揺られるのは何年ぶりだろう。坂本龍馬が大阪に残した足跡をたどるため阪堺電車に乗った。

 天神ノ森駅から5分ほど歩いた。高台の閑静な住宅街に「阿部野神社」(大阪市阿倍野区)が鎮座する。南北朝時代の激戦地、阿部野古戦場の跡で、東に約1キロの「北畠公園」(同)には、南朝の悲劇の武将、北畠顕家(きたばたけあきいえ)の墓がある。

 東粉浜(こはま)駅にほど近い市立東粉浜小学校。幼稚園との間の路地を抜けると、住宅街の一画に「土佐藩住吉陣屋跡」(同市住吉区)の石碑が立つ。大坂湾防衛のため、幕府が土佐藩に築かせた半城郭の屋敷跡だ。

 住吉大社(同)へは、電車道を南に向かって歩く。途中、住吉警察署辺りにあったのが料亭旅館「三文字屋」。「摂津名所図会」にも紹介されている有名な宿だった。

 文久元(1861)年11月、龍馬は武市半平太(たけちはんぺいた)=瑞山(ずいざん)=の書簡を携えて長州の久坂玄瑞(くさかげんずい)を訪ねるが、久坂に会えず、大坂に向かっている。

 翌年2月、再び長州から大坂に入り、まず訪ねたのが土佐藩住吉陣屋だった。だが、到着が深夜で閉門されていたため、やむなく住吉大社境内のお堂で一夜を過ごしている。陣屋に入ったかどうかの記録はない。翌日は南朝ゆかりの地をめぐり、その日から三文字屋に宿泊し、4~5日滞在。その後、京に立ち寄り、土佐に戻った。

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