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【夕焼けエッセー】町工場

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 先日友人より電話があり彼の経営する工場へ行った。親の代より続く町工場。彼と私は同じ75歳。彼は4月、私は6月生まれ、2カ月上の兄さんである。2人共中学校卒で働いた。

 私は工作機械の組立工場へ就職。いわゆる中小企業で、働く職人さんにときには頭をたたかれたりして切磋琢磨頑張った。彼は、嫁の父親と私の勤める会社の協力工場(下請け)として、従業員6名と毎日残業して協力してくれた。1ミリの100分の1、1000分の5の寸法が要求される部品加工、材料一個50万~100万円もする加工が続く。2人で知恵の貸し合いをして仕事に励む毎日であった。彼は仕事が趣味やとも言っていた。

 その彼が深刻な顔をして「聞いてくれ、なあ。3月で仕事終わる、辞める」と言うのである。仕事がないのではなく、不況でもないと言う。心臓病になり、手術することになった。以前に一度手術したのだがまた悪化したようだ。

 一台500万~800万円もする機械、高額な測定器など、呆然(ぼうぜん)として機械を見て涙ぐんでいた。これから国民年金の生活になるなあ、と嘆く…「生活していけるかなあ」と。「貯金を使えばいいやろ」と彼の肩をたたいた。残った機械等は二束三文で中国人バイヤーに引き取られ、金属加工の工場へ行くそうだ。

 エッセーを書いている私自身、去年7月大腸がんになり大手術。40日間の入院で苦しんだ。今も不自由な生活をしている。竹馬の友互いに病人になった。でも頑張ろうと励まし合った。まだ孫、ひ孫の成長を楽しみにして、青春時代の話、カラオケ、公園の散歩等々残りの人生たのしく暮らそうと励まし合った。病気に負けないでいこうと…。

山本 正一(75) 堺市堺区

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