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【ボストンから一言(8)】米国で日本式あいさつは役に立つ 英語ができない日本人が直面する壁

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▼(7)「韓国政府は馬鹿」「ハングル斜め読み困難」…から続く

 1983年10月。日本から米ボストンのローガン国際空港に到着した。タクシーで、前年の米国旅行で知り合ったリサの妹のアパートに向かった。

 ウエートレスとして働くリサと知り合ったのは、米国旅行で立ち寄ったコロラド州のレストランだった。米国への移住先を探していた私の旅行目的を知ったリサは、「妹はボストンで小学校の教師なの。もしボストンに決めたら、妹の所に泊まるといいわ」と住所をくれた。

 リサの妹宅に宿泊した翌朝、渡された新聞を必死の思いで読みながら、アパート探しが始まった。

 あちこちの不動産屋に電話をし、初めに「私は英語が上手ではありません。ゆっくり話してください」と切り出した。アパート探しにバスを待つ間や食事に入ったレストランなどで、見知らぬ人々に「住むには、どの町が良いでしょうか?」と声をかけ続け、ベルモントに決めた。

 契約をしたのは、一軒家の2階にあるアパートだったが、階下の住人がえたいの知れないような若者たちと知って驚き、次のアパートをベルモントに見つけた。この家の1階に住んだことで、私とグレースとの深い縁が始まることになる。

 2階に住む彼女は、この家に生まれ育ち、離婚をした後はシングルマザーとして3人の息子を立派に育てあげた。

 当時は、ハーバード大学に隣接する有名な公立高校で生物学を教え、生徒には俳優のマット・デイモンや現NY市長がいる。のちにアイビー・リーグのブラウン大学に招聘(しょうへい)されたほど。愛情を持っていろいろなことを教えてもらい、困ったときにはいつでも手を差し伸べてくれた。

 また、私の現在の仕事である日本人留学生向けの生活立ち上げサービスで、お客さまから米国人とのトラブルで相談がきた場合は、すぐにグレースの助言を仰いだり、手紙を書いてもらっていた。

俳優マット・デイモンを教えたシングルマザー…給料チップ依存ウエートレス労働

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