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【今週の注目記事】古代史の“七五三論争” 日本国はいつ誕生したか、天皇制につながる卑弥呼の統治

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 卑弥呼は、倭国の統治に中国の威光を頼ろうとした。当時は三国志で知られる魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)がしのぎを削り、魏の王・曹操(そうそう)や蜀の劉備玄徳(りゅうびげんとく)ら英雄が覇を競った。卑弥呼が外交相手に選んだのは、中でも優位にあった魏だった。

 「卑弥呼の政権は、東アジア情勢を敏感に察知しながら中国と外交を展開した」と寺沢さんは話す。

 男子の王で戦乱

 倭人伝は、卑弥呼誕生の経緯についても詳しく述べている。「もともと男子を王にしていたが、戦乱が起きたため1人の女性を王に立てた。その名は卑弥呼という」と記載。寺沢さんは、卑弥呼が各地の王の上にたって統治していたとし、「こうした統治体制は、5世紀の倭の五王の時代と変わらない。これが、のちの天皇制へとつながっていった」と説く。

 そして飛鳥時代、中国から長年「倭国」と呼ばれていたのを、自ら「日本」と名乗るようになった。太陽が昇る「日出する国」「日の本(ひのもと)の国」として、中国をはじめとした東アジアの国家の一員であることを宣言したのだった。

     

 古代国家の形成について、寺沢さんは「弥生時代政治史研究」シリーズ(全4巻)として、「弥生時代国家形成史論」(吉川弘文館、3万7800円)を発刊。シリーズとして完結した。寺沢さんは「8年がかりだったが、これが私の研究生活の集大成と思って書いた」と話した。

(3月16日掲載)

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