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【パナソニック100年・遺訓を超えて(5)】幸之助のいない時代 日本経済、揺れ動いた30年

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▼(4)中国の指導者・鄧小平が幸之助に「教えてください」…から続く

 平成元(1989)年4月27日、松下幸之助は94歳でその生涯を閉じた。平成の30年は、「幸之助不在」の時代でもある。

 パナソニックにとっては、試練に揺れた30年だった。大規模なリストラが敢行され、幸之助時代にはあり得なかった人員減にも踏み込んだ。5千億円超の巨費をつぎ込んだ大型テレビ向けのプラズマディスプレーパネル事業は赤字に陥り、撤退した。

 幸之助が生前語った「松下電器は人をつくるところです。併せて電気器具もつくっております」「成功するためには、成功するまで続けることである」との言葉とは思いを異にする。

 この30年、日本経済も混迷の中にあった。バブル経済の崩壊にはじまり、かつてないデフレから抜け出せず、リーマン・ショックでは世界的な経済危機にも直面した。多くの日本企業が米国型の成果主義、株主重視の経営を手本に、生き残りの模索を続けてきた。

 平成30(2018)年3月期の最終利益を10年ぶりの2千億円超と見込むパナソニックも改革の最中にある。24年から社長を託された津賀一宏(61)は思い切った決断をした。創業から長く経営の軸だった家電から、BtoB(企業間取引)事業に力点を置く経営にかじを切る。

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