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【関西の議論】わずか1・3%!大阪市の「ゼブラバス」人気投票1位の秘密は…

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 現在では運転手1人での運行が当たり前の路線バスだが、かつては運転手と、主に女性が務める車掌の2人一組による「ツーマンカー」が主流。そんな中、昭和26年に全国で初めてワンマンカーでの運行を始めたのが大阪市だった。

 戦後の復興が加速していた当時は、郊外から大阪都心へ通勤する人々が急増。バスの終発時刻の延長を求める声が強く上がる一方で、当時の労働基準法で女性車掌の深夜勤務は制限されており、対応を求められた大阪市は運転手1人で運行できるように車体を研究・改造。車掌が担うドアの開閉や料金の支払いなどを機械化することで、ワンマンカーを実現させた。

 ゼブラバスが導入された当時はワンマンカーと従来のバス(ツーマンカー)が混在。車体を区別するためにワンマンカーには赤い帯が入れられ、先進的な取り組みを示す証ともなった。

かつてバス全盛期の象徴…人気は今も

 ゼブラバスが活躍した昭和30~40年代は、大阪市でのバス全盛期といえる時代だ。市営交通の出発点である路面電車から代わって公共交通の主役となり、ピークの昭和40年代前半の保有車両数は現在の4倍近い約1900台。大阪の街中をゼブラバスが駆け抜けた。

 45年の国際博覧会(万博)の開催と重なって経済も右肩上がりの明るい時代。多くの通勤・通学客の足として利用され、正式名称ではない「ゼブラバス」という愛称も自然発生的に定着した。

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