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ここにある「竹島」…島根、鳥取にみる「史実の重み」

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ここにある「竹島」…島根、鳥取にみる「史実の重み」

産経新聞社が昭和28年12月に撮影した竹島。手前が男島(西島)、奥が女島(東島) 産経新聞社が昭和28年12月に撮影した竹島。手前が男島(西島)、奥が女島(東島)

 男島(西島)と女島(東島)の2島を中心に数十の岩礁からなる小さな島嶼「竹島」。17世紀初めにはすでに鳥取藩・米子の商家が竹島と関わり、現在は島根県隠岐の島町に属するなど、山陰両県とも深いつながりを持つ。その竹島は今、韓国が武装要員を常駐させて不法占拠し、日本人は立ち入れない状況が長きにわたって続いている。米子の商家、大谷・村川両家が幕府から「竹島」(現在の鬱陵島)への渡海許可を得た1618年(1625年の説もある)から、400年に当たる平成30(2018)年。山陰両県に今もある竹島とのつながりやゆかり、面影などをたどりながら、この島々が山陰地方の一部であることを再確認したい。

膨大な資料

 鳥取市の鳥取県立博物館を訪ねると、歴史・民俗展示室の一角に竹島コーナーがある。約10年前に設けられ、鳥取藩が幕府に提出した竹島の絵図などを公開している。コーナー自体はコンパクトだが、背後にある関係資料は膨大だ。

 同館が所蔵する竹島関係資料は、鳥取藩の公文書約1万5千点や公務日記を収めた「鳥取藩政資料」と、藩士の岡嶋家が残した「岡嶋家資料」に大別される。そこには江戸時代前期から、鳥取の商人や藩、そして幕府もさまざまに竹島に関わった足跡が残る。

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