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【上方再見】大阪にも町家があった-京町家と異なる“大阪町家”、古き良き上方の生活文化

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【上方再見】
大阪にも町家があった-京町家と異なる“大阪町家”、古き良き上方の生活文化

吉田家住宅で教養講座が開かれる 床の間=4日、大阪市北区(前川純一郎撮影) 吉田家住宅で教養講座が開かれる 床の間=4日、大阪市北区(前川純一郎撮影)

 大阪にはかつて、上品で上質な上方文化があった。船場を中心に豪商の大きな町家が立ち並ぶ、経済の都・大阪。そこでは上方と名の付く文学に文楽、舞、浄瑠璃といった独自の文化が醸成され、その香りは衣食住にも洗練をもたらした。江戸の武家、京都の公家とも違う華やかな町人文化とは-。失われつつある古き良き上方の生活文化に再び光を当てます。

衣替えと同じように変化する住まいとしつらえ

 京町家というが、大阪町家とはいわない。大阪町家は、戦災や戦後の再開発でほとんど全滅し、重要文化財の適塾と旧小西家住宅など、数えるほどしか残っていない。

 しかし、京町家と異なる大阪町家はあきらかに存在する。

 まず、大阪町家は規模が大きい。約170年前の幕末に出版された『二千年袖鑒(かがみ)』には、約80棟の大阪の豪商の屋敷構えが描かれている。両替商の鴻池家、天王寺屋、加島屋、銅吹屋(精錬業)の住友家、呉服商の三井、大丸などである。

 そこに共通するのは「表屋(おもてや)造り」と呼ばれる、店の棟と住居の棟を分け、間に中庭を配置し、敷地の周りを高塀で囲んだ巨大な町家である。表屋造りの呼称は西鶴の『日本永代蔵』にも登場するから、300年前には成立していた。

 NHK朝ドラ「あさが来た」のモデルになった、加島屋の明治30年代の古写真を見ると、本瓦の屋根、塗籠(ぬりごめ)の壁、格子を構えた大阪町家の姿がある。桟瓦(さんがわら)の屋根に柱や垂木(たるき)を見せ、千本格子をはめた軽快な京町家と比べると、大阪町家は武骨で重厚である。町家の形が、老舗の伝統と信用を象徴したのであろう。

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