産経WEST

漱石、子規ゆかりの「愚陀佛庵」復元へ 「日本語文章の基礎をつくった場所」 民間提案、松山市も協力

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新


漱石、子規ゆかりの「愚陀佛庵」復元へ 「日本語文章の基礎をつくった場所」 民間提案、松山市も協力

空襲で焼失する前の愚陀佛庵(松山市提供) 空襲で焼失する前の愚陀佛庵(松山市提供)

 正岡子規、夏目漱石の生誕150年の今年、2人が同居した松山市の「愚陀佛庵(ぐだぶつあん)」の再建計画が浮上している。「文学のまち」松山に、新たな名所が誕生する可能性が高まってきた。

英語教師の漱石が暮らし、病気療養の子規が身を寄せる

 10月18日、跡地を所有する不動産会社「濱商」(松山市)の濱本道夫社長(66)が市に再建の意向を示し、野志克仁市長が「再建の動きがある」と発表した。

 愚陀佛庵は、愛媛県尋常中学校(現県立松山東高校)に英語教師として明治28年4月に赴任した漱石が同年6月~翌年3月の間暮らした木造2階建ての住宅。また、病気療養のため帰省した子規が明治28年8月下旬~10月9日の間身を寄せ、連日、仲間らと句会を開いた。

 この間、子規は自身の俳句論を固め、漱石は俳人として文学デビューするなど、互いの文筆活動に大きな影響を与え合った。

空襲で焼失後、復元、損壊…

 愚陀佛庵は昭和20年の空襲で焼失。57年、県が大正時代の洋館「萬翠荘」(松山市)の敷地に復元したが、平成22年の土砂崩れで損壊。県と松山市は再建を検討し、跡地、萬翠荘敷地内、道後温泉周辺を候補にあげたものの、「適地なし」と判断し、計画は白紙となっていた。

 濱本社長は、坂の上の雲ミュージアムの初代館長、松原正毅さん(75)の講演を聴き、「愚陀佛庵の文学的価値を知った」。

続きを読む

「産経WEST」のランキング