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【関西の議論】あの大塩平八郎も認めた「義商」 大丸創業300年、焼き討ちを回避させた「先義後利」の精神

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【関西の議論】
あの大塩平八郎も認めた「義商」 大丸創業300年、焼き討ちを回避させた「先義後利」の精神

「大丸京都店 祇園町家」が出店した京都・祇園で、大丸の創業300周年記念行事に参加したウサイン・ボルトさんや地元の子供たち=9月、京都市東山区 「大丸京都店 祇園町家」が出店した京都・祇園で、大丸の創業300周年記念行事に参加したウサイン・ボルトさんや地元の子供たち=9月、京都市東山区

 平八郎は大丸に対しては「大丸は義商なり、犯すなかれ」と仲間に指示。大丸は店舗の焼き打ちを免れたと伝えられる。大丸が「先義後利」の理念で、貧しい人に食事や古着などを提供する〝ボランティア活動〟を実践し、利益を社会に還元する取り組みが知られていたためだ。

業界首位…苦難も

 明治に入って東京店や名古屋店はいったん閉鎖したものの、発祥の地・京都では明治45(1912)年、現在の京都店がある四条高倉に新店をオープンした。大正時代には百貨店となり、週休制(月曜定休日)を導入。戦後の昭和28年にはクリスチャン・ディオールと独占契約を結ぶなど、百貨店業界初の試みを相次ぎ打ち出していた。

 昭和36(1961)年には国内の小売業界で売上高ナンバーワンを達成し、43年まで業界トップの座を維持。海外出店も果たした。平成7(1995)年の阪神大震災で神戸店(神戸市中央区)が被災したが、「先義後利」の精神で幾多の苦難を乗り越えてきた。

 ただ、こうした拡大・成長路線が、バブル経済の崩壊なども重なり、経営悪化の一因となった。売上高に対する本業のもうけの比率(営業利益率)は一時1%程度に低迷。100円を売り上げて利益が1円程度しか残らない状態だった。

 経営改善に取り組むため、9年に奥田務氏(現J・フロントリテイリング相談役)が社長に就任。部下に「未来の百貨店像」のあり方の策定を指示し、百貨店業務の無駄を徹底的に省き、経営の効率化を推進した。かつて勤務した豪州の店舗を閉鎖するなど、収益改善に荒療治を施した。

 大丸は19年、名古屋発祥の百貨店、松坂屋と経営統合し、持ち株会社J・フロントリテイリングが発足。百貨店だけではない総合流通業グループに変貌した。奥田氏はこれまでの産経新聞社の取材に対し「社是『先義後利』は経営に欠かせない理念」と強調している。

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