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漱石と子規が同居した「愚陀仏庵」再建へ 松山、資料展示や俳句の聖地に活用も

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漱石と子規が同居した「愚陀仏庵」再建へ 松山、資料展示や俳句の聖地に活用も

 明治時代に、松山市の中学校に英語教師として赴任した夏目漱石が、親交のあった俳人正岡子規と一時同居した同市内の木造2階建て住宅「愚陀仏庵」の再建計画が浮上している。当時の建物は太平洋戦争で焼失したが、跡地の所有者が「漱石や子規が、げたで歩く足音が聞こえてくるような、当時の生活をしのばせる場所にしたい」と再建を決意。平成30年度以降、計画を本格化させる予定で、観光スポットとして復活させたいと意気込んでいる。

 愚陀仏庵は明治28年、愛媛県尋常中学校の英語教師として赴任し下宿していた漱石と、病気療養のために松山市に帰省していた子規が52日間、一緒に暮らした。漱石の俳号「愚陀仏」に由来するとされる。

 1階に子規、2階に漱石が住み、子規が漱石の俳句を指導したり、子規の仲間が集まったりするなどし、後の漱石の文学活動に影響を与えたという。建物は戦災で焼失した後、市内の別の場所に復元されたが、平成22年の豪雨による土砂崩れで全壊した。

 当初の建物があった場所は現在、コインパーキングになっており、愚陀仏庵を説明する看板などがある。跡地を所有する不動産会社「浜商」の浜本道夫社長(66)は、観光客が時折訪れ、写真撮影する様子を見て再建しようと思ったという。

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