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【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】虎の清宮「背番号16」誕生だ! 早大の先輩・岡田はドラフト1位6球団…猛虎を牽引

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【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】
虎の清宮「背番号16」誕生だ! 早大の先輩・岡田はドラフト1位6球団…猛虎を牽引

プロ志望を表明した早実の清宮幸太郎 プロ志望を表明した早実の清宮幸太郎

 そして、もし阪神が交渉権確定のクジを引き当てたならば、清宮に提示する背番号は? あくまでも予測ですが、アマ時代の実績や入団の経緯などを踏まえると「16番」が最適ではないか、と思うのです。

■相思相愛、運命だった岡田入団…運命の「背番号16」理由は

 背番号「16」は今季限りで引退した安藤が背負っていた番号ですが、その前は現役時代はバース、掛布とともに最強クリーンアップを形成した岡田彰布氏が付けていました。岡田氏は北陽高校から早大に進学後、東京六大学で大活躍。リーグ通算88試合に出場し、打率・379、本塁打20本、打点81をマークしました。特に1978年の秋季リーグでは戦後4人目の三冠王を獲得しました。そして、1979年のドラフト会議では6球団が競合。相思相愛の阪神が見事に当たりクジを引き当てて入団したのです。

 現役時代でのハイライトは1985年でしょうね。バース、掛布とともに強力クリーンアップを形成し、4月17日の巨人戦(甲子園)では槙原から3者連続のバックスクリーンへの本塁打を記録しました。猛虎伝説として今でも語り継がれる名シーンですね。阪神→オリックスでの現役生活を終えると指導者として阪神に復帰。2004年から阪神監督を務め、2005年にはジェフ・ウイリアムス、藤川球児、久保田の「JFK」を擁してリーグ制覇しました。

 岡田氏は阪神入団時になぜ16番を選んだ? と聞かれて「当時から阪神は一桁台の背番号で活躍した野手がいなかったんよ。3番とか5番とか、巨人のように活躍せんのよ。だから1番と6番を合わせた16にしたんよ」と語っていました。その背番号が安藤の引退によって空き番になっているのも、阪神と清宮をつなぐ、何かの深い因縁なのかもしれません。

 清宮は早稲田実業。岡田氏は早稲田大。同じ早稲田閥としても16番という数字はピッタリではないでしょうか。

 今、球界では清宮と阪神についてネガティブに語る人もいます。なぜなら阪神の本拠地・甲子園球場は右から左に強い浜風が吹き付けます。結果として左打者は右方向への打球がアゲンストの風で押し戻されます。清宮が阪神に入れば本拠地の風が敵になる…という論法です。しかし、阪神で主砲と呼ばれた選手には左打者が多いのです。代表的には掛布、バースやオマリー、藤田平、金本、古くはカークランドなどなど…。浜風を利用して掛布やバースは中堅から左方向に流し打って本塁打を量産しました。

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